国体明徴運動(こくたいめいちょううんどう)
昭和10年(1935)、憲法学者美濃部達吉の唱える天皇機関説を排撃した軍部、在郷軍人会、右翼団体などを中心とする運動。
岡田啓介内閣打倒のため野党政友会もこの機に乗じた。国会は「国体明徴決議案」を可決、政府も美濃部の「憲法撮要」など三著を発禁とし、国体明徴声明を発表。軍部の政治支配の一つの転機とされる。
国体明徴運動(こくたいめいちょううんどう)
昭和10年(1935)、憲法学者美濃部達吉の唱える天皇機関説を排撃した軍部、在郷軍人会、右翼団体などを中心とする運動。
岡田啓介内閣打倒のため野党政友会もこの機に乗じた。国会は「国体明徴決議案」を可決、政府も美濃部の「憲法撮要」など三著を発禁とし、国体明徴声明を発表。軍部の政治支配の一つの転機とされる。