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黄埔条約

黄埔条約(こうほじょうやく)

1844年、中国の広州の黄埔で、清(しん)とフランスの間で結ばれた最初の修好通商条約。
アヘン戦争によりイギリスが南京条約(1842)を結び、ついでアメリカが望廈(ぼうか)条約(1844)を結ぶと、フランスは全権使節ラグルネを軍艦6隻とともに中国に派遣し、2条約、とくに後者とほぼ同内容の条項を清に要求した。すなわち五港(広州、福州、厦門(アモイ)、寧波(ニンポー)、上海(シャンハイ))開港と関税制限、開港場における土地賃借と、教会、学校、店舗の建設、領事裁判権、一方的最恵国待遇などを含む条項を要求し、これを受諾させて黄埔条約を結んだ。
なお、このとき両国の了解事項として、康煕帝(こうきてい)以来のキリスト教禁止の解除を清朝に同意させた。
(日本大百科全書(ニッポニカ) 、小島晋治)

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