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砂川事件

砂川事件(すながわじけん)

昭和30~32年(1955~1957)、東京都下砂川町で起こった米軍立川基地拡張に反対する闘争。
政府は警官隊を動員して測量を強行し、反対派の住民・労働者・学生らと衝突して多数の負傷者も出た。
裁判では、初めて日米安全保障条約の憲法適合性が争点になった。

伊達判決(だてはんけつ)

昭和34年(1959)、砂川事件に対する第1審、東京地方裁判所の判決。
第1審裁判長伊達秋雄は、「日米安全保障条約に基づく駐留米軍の存在は、憲法前文と第9条の戦力保持禁止に違反し違憲である」として無罪判決を下した。
この伊達判決は、政府の安保政策に大きな衝撃を与え、検察は高裁を飛び越えて最高裁に異例の上告(跳躍上告)を行った。
同年12月、最高裁は、「駐留米軍は憲法にいう日本の戦力には該当しない。また安保条約のような高度の政治性を帯びた問題は司法審査権になじまない」としていわゆる統治行為論により原判決を破棄した。

Wikipedia

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